夢窓国師 開基 玄猷寺へお参りへ

知多四国第八十四番札所 瑞雲山 玄猷寺(げんにゅうじ)にお参りに行ってきました。 玄猷寺は、臨済宗天龍寺派を開いた夢窓国師が後醍醐天皇を弔うための祈願所として、南北朝期 暦応年間(1339~1342年)に建立されと言われています。「夢窓国師」は、国や帝の師として仰がれる高僧に贈られる国師号の七っを持ち、寺号は、そのうち、後円融天皇より下賜された「玄猷国師」に由来するそうです。室町幕府を開いた足利尊氏は、夢窓国師の進言により、全国に安国寺 利生塔(一国に一寺一塔)を建立して、後醍醐天皇および兵士の霊を弔っています。玄猷寺もその一刹と思われます。建立当時は、七堂伽藍が備わり、境内、寺領も広大であったとか。慶長五年(1600)四月、加木屋村(東海市加木屋町)の法幢山普済寺の五世在室岱存大和尚によって曹洞宗に改宗され、復興。木田城の古門が山門に使用されていたと言われています。慶応三年(1867)九月の大火で、全山焼失し、くわしい歴史的記録は殆ど残っていないそうです。近年、本堂、庫裡、弘法堂が再建、楼門が新築され、輝くばかりの諸堂の佇まいを目にする事が出来ます。

所在地: 東海市冨木島町北島28番地  玄猷寺 

楼門の一階に、極彩色に色鮮やかな四天王、増長天、廣目天、多聞天、持國天が四方を守護しています。
  本堂の裏手、旧本堂の跡地に永代供養塔として涅槃像が祀られています。知多半島で唯一の涅槃像です。

平成23年に新築された総ケヤキ造りの楼門 上層は仏殿になっており釈迦牟尼仏が祀られています。本堂の右側に、立派な庫裏が建っています。 

玄猷寺には、寺宝の「聖徳太子像」があります。これは、もとは比叡山延暦寺鷄足院(けいそくいん)の寺宝であったといい、織田信長が比叡山を焼き討ちしたとき、当地、姫嶋村出身で羽柴秀吉の足軽をしていた者がこの太子像を救い出し、密かに郷里のこの寺に持ち帰り納めたと伝わっています。この伝承には諸説あるようで、かって、姫嶋村にはもう一つ三盛庵と言うお寺があり、そちらに太子像は祀られていたが、明治期の廃仏毀釈で三盛庵が廃寺となり、玄猷寺で祀られるようになったと。
*尾張志 巻之五十九 (知多郡曹洞宗) 
 「玄猷寺 姫島村にあり瑞雲山と号し、加木屋村普済寺の末寺なり。建武元年夢窓国師の建立といへり」
 「三盛庵 姫島村にあり神護山と号し、加木屋村普済寺の末寺也」
*張州雑志 第一巻 (知多郡)に、姫嶋村の神護山 三盛庵の本尊は、聖徳太子像(作不知)であったと記述があります。

東海市史 資料編 別巻 (東海市所収の古地図姫嶋村絵図解読図)(天保十二年(1841)五月作成)を見ると、東西にやや長い長方形の村域の内、郷はその中央に楕円の形に富田村に接して書かれています。この郷の北端に、玄猷寺が、中央部東側に三盛庵が描かれています。その玄猷寺は、現在の弘法堂、本堂、庫裡とその佇まいが非常に似ています。玄猷寺の在るこのあたり一帯は、昔、姫嶋村と云われ、近くにあった木田城(荒尾氏の居城)のお姫様がよく遊びに来ていたので、その名が付いたと言われています。姫嶋の名の起りには諸説あり、東海市史 資料編 第一巻 に、 
①尾張国地名考説 ②尾張志説 ③上野町史説 として、三通りの説明がなされています。
①には、「・・姫嶋の地名その故を知らず、・・続古今集(鎌倉時代の勅撰和歌集)『見わたせば、秋風寒し姫島や、小松かくれに、かかる白波』 (読人不詳)に、尾張に姫嶋と云う名所あり、此村の事にや詳ならず。」
②尾張志には、「『藻塩草』、『秋の寝覚』にいへる、尾張国もと、めじまという名所はここか、摂津国生田の辺、をとめ塚を今は、もとめ塚といふをおもへは、をとめ島より転したるかといはまほしけれど、さにあらしかし。」
尾張地名考」、「尾張志」も、姫嶋の地名の由来はよく分からないと言っているようです
③上野町史説 姫嶋の地は、海がこの地辺まで来ていた頃、島のようであった。この島は木田城に仕えていた多くの女官達、月経時には、この地に至りて別居する風習があり、これによって、姫達の島、姫嶋と呼ぶようになったと。これに似た字名として、東海市の「横須賀御殿」と関わりのある字名として残っています。
尾張藩二代藩主 徳川光友が寛文4年~6年にかけて、知多郡横須賀村に「臨江亭」「御洲濱」からなる広大な別荘「横須賀御殿」を建てました。現在もこの横須賀御殿と関わりのある字名が多数残っています。
玄猷寺より南西約1km、県立横須賀高校の北隣に「七日ヒデン」(なぬか姫殿)と言う字名があり、御殿に仕えた侍女達を生理期間中、この地で静養別居させたとされる場所です。
その他、現在東海市内に、「御洲浜」「御亭」「枡形」「的場」「御林」「烏帽子」等、関連する字名が10数ヶ所確認されています。姫嶋村の由来は、③上野町史説が妥当かと思はれます。身近な所に、いろいろな伝承、縁起由来が語り伝えられています。

参考資料 東海市史 資料編  尾張志  知多四国巡礼地図ガイド(監修:知多四国霊場会)等

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